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正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)【24】

正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)【24】

本師曇鸞梁天子
常向鸞処菩薩礼
三蔵流支授浄教
梵焼仙経帰楽邦

本師(ほんし)曇鸞(どんらん)は梁(りよう)の天子(てんし)、
つねに鸞(らん)のところに向ひて
菩薩(ぼさつ)と礼(らい)したてまつる。
三蔵流支(さんぞうるし)、浄教(じようきよう)を授けしかば、
仙経(せんぎよう)を焚焼(ぼんしよう)して楽邦(らくほう)に帰したまひき

(意訳)
曇鸞大師(どんらんだいし) 徳たかく 梁(りよう)の天子に あがめらる 三蔵流支に みちびかれ 仙経すてて 弥陀に帰す

【正信念仏偈24】~曇鸞大師(どんらんだいし)の教え①~

七高僧の第三祖は、中国の曇鸞大師(どんらんだいし)です。曇鸞大師(どんらんだいし)は四七六年に雁門(がんもん)という地で生れられました。仏法への志しあつく、難解な論書を研究されていましたが、『大集経』(だいじつきよう)というお経の研究されていたとき、病にかかってしまいます。いかに仏法を極めようとしても、命がなければかなわない。大師は、まず第一に長寿でなければならないと考え、長生不死の法をもとめて梁(りよう)の国の陶弘景(とうこうけい)という仙人をたずねました。大師が生れた雁門(がんもん)から梁(りよう)までは、直線距離で千キロ以上もあります。いかに大師の想いが切実であったかがうかがわれます。

はるばる陶弘景(とうこうけい)をたずねて、ついに仙経を授かった曇鸞大師は、意気揚々と帰途につかれました。しかし、洛陽の都まで帰ってきたところで、菩提流志(ぼだいるし)という三蔵法師に出遇われました。
(※三蔵法師とは、インドから中国へお経典を伝え、それを翻訳された高僧の尊称です)

「菩提流支三蔵よ、わたしは今このような長生不死(ちようせいふし)の法を得てきたところですが、はたしてこのような素晴らしい法術がインドにもありますか?」

曇鸞大師は、高名な三蔵法師に対して、自分が今まさに陶弘景から授かってきた仙経を誇ったのでした。しかし、菩提流支三蔵は大地に唾して、答えられました。

「長生不死(ちようせいふし)の法など、何の役に立つのであろう。たとえ、わずかにしばらく命をながらえたとしても、やがては必ず死に帰し、また生死流転をくりかえすのみである。」

そして、菩提流支三蔵は、本当に生死の苦悩を超えることのできる道として、浄土経典を授けられました。曇鸞大師(どんらんだいし)はただちに自らの過ちに気づき、仙経をその場で焼き捨て、浄土教に帰依されたといいます。この逸話は、仏法とは何かということを雄弁に物語っています。

以前、テレビ番組で先端医療の特集をしていましたが、もはや現代医学は老化を防止するだけではなく、細胞を若返らせることすらできるのだそうですね。「たれか百年の形体をたもつべきや」と御文章にはありますが、近いうちに平均寿命が一五〇才という時代が来るのかもしれません。秦の始皇帝が不老長寿の霊薬を求めたという話は有名ですが、私たち人間はいつの世でも、いかに老病死から逃れるかを考えているのですね。もちろん、それは命あるものにとって自然な感情であり、その願いによってこそ、医療技術もここまで高度に発達できました。私も先日インフルエンザにかかって一週間以上ねこんでいましたが、それでもなんとか起きていま原稿を打てているのは、ひとえに医学のおかげです。私たちの生活は疑いなく、老病死を遠ざける技術によって支えられています。しかし問題は、それだけでは決して解決できない根源的な問題があるということでしょう。

たとえどれほど技術が発達しても、生まれてきた私が死んでいかねばならない確率は一〇〇%だからです。たとえ科学技術によって一五〇才まで寿命を延ばすことができても、一五一年目には死ななければなりません。命あるものはみな、老と病と死から逃れられないのです。なぜでしょうか。それは、老病死こそが、まさしく生命のいとなみであり、生きることそのものだからですね。 わたしたちが真実の安らぎにいたるためには、老病死を遠ざけるための技術だけではなく、老病死を受容することのできる智慧が必要なのです。生れ、老い、病んで、死んでいく、この命のいとなみのなかに、一貫して尊い意味を見いだすことのできる智慧の眼が、必要にして不可欠なのだと言えるでしょう。それこそが、仏法なのでした。

曇鸞大師(どんらんだいし) 徳たかく
梁(りよう)の天子に あがめらる
三蔵流支に みちびかれ
仙経すてて 弥陀に帰す    (意訳)

曇鸞大師(どんらんだいし)のお徳はひろく中国にきこえ、当時の超大国であった梁(りよう)の武帝(ぶてい)も「菩薩」として大師を仰ぎました。しかしその大師ですら長生不死の法を求めたということは、老病死を遠ざけたいという願いが、人間にとっていかに離れがたいかを物語っています。しかし、曇鸞大師は三蔵法師にみちびかれ、仙経を焼き捨てて、浄土教に帰依されました。 老病死を遠ざける技術だけではなく、老病死をうけとめる智慧がなければ、人は生きることの苦悩を越えられない。そして、老病死をうけとめる智慧こそが仏法であり、お念仏のみ教えなのですよと、大師はその生涯を通して教えてくださったのですね。

南无阿弥陀仏

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